連載:SDGs実施課題への外部経済性に基づくアプローチ‒ 第2回 SDGs実施の資金的課題 ‒

連載 by CIジャパン客員研究員 武末勝

はじめに

連載の第1回で示したように、SDGsのゴール・ターゲットは非常に包括的であり、持続可能な世界を構築するために現時点で必要と認識されている項目がほぼ全て網羅されている。しかし、SDGsの実施に関しては多くの課題があると予想される。そこで、本連載の第2回では、まずSDGsの実施課題を抽出した後、最も大きな課題である資金調達に関する課題に焦点を絞り、その解決に寄与できる可能性のある経済の外部性とその活用法について述べる。

2.1  SDGs実施課題の概要

SDGsの実施に関するゴール15 (連載第1回、表1.2参照) には、先進国と発展途上国との格差縮小のための手段として、貿易、技術移転・技術的潜在能力、融資と負債、開発能力が挙げられており、これ等の推進を支援するためのグローバルパートナーシップの強化が要求されている。これ等の援助を着実に進めれば、いつかは発展途上国の自立にたどり着くことは可能であろう。しかし、これ等はあくまでも援助である。発展途上国自立の達成を加速するには、「融資と負債の持続可能性」 (ゴール15、実施法) に加えて、発展途上国の自己資金増強を重要課題として追加すべきである。

また、SDGs、特にゴール15、は発展途上国に焦点を当てており、先進国の低い雇用率の改善を目的とする手段の記述が少ない。さらに、先進国および一部の中程度開発途上国では老齢人口の急激な増加が予測されており、老齢医療費や健康寿命が問題になりつつあるが、SDGsにはこれに対する記述が無い。これらの問題の解決にむけた具体的手段を重要課題として追加すべきである。

上記2つの追加課題の性格は異なるが、それらの解決には経済活動では無視されている外部性 (外部費用および外部便益; 2.2参照) を内部化することによって寄与できる。

2.2  経済活動の外部性の基本

 経済活動には財・サービスの生産者と消費者が関与するが、生産者が生産費用として無視した費用・便益を消費者に課すことがある。このような無視された費用・便益が経済活動の外部性 (externality) (または、外部経済性) である。生産者が消費者に負わせる補償の無い費用が外部費用 (または、負の外部性)であり、生産者が補償を受けることなく消費者に与える便益が外部便益 (または、正の外部性) である (Krugman P. and Well R., 2006)。

例えば、先進国が発展途上国で森林を伐採して工場や農場を建設し、伐採された森林という自然資源の対価を発展途上国に支払わない (と共に建設費には計上しない) 場合、この先進国は発展途上国に外部費用を負わせていることになる。森林はCO2吸収などによって全地球的な気候変動の緩和に寄与しており、経済価値を持っているからである。また、外部性は日常生活の多くの行動・活動にも存在する。例えば、混雑する道路を自動車で通勤する行動は負の外部性を持ち、また、ボランティア活動は正の外部性を有する。

外部費用や外部便益を生産費の一部として考慮に入れることが、外部性の内部化である (Krugman P. and Well R., 2006)。生産者は外部費用の内部化を自発的に行うことは稀なので、内部化には政策的な手段が必要である。森林の外部費用の場合、CO2の排出税や取引可能排出権によって内部化できる。同様に外部便益は一般に、補助金や取引可能生産権によって内部化できる(Krugman P. and Well R., 2006)。

2.3  開発途上国の自己資金増強への生態系サービスの外部性活用

2.3.1 生態系サービスの外部性

自然資源には、森林、動物、石炭・石油のような生物圏から得られる生物資源と、土地、新鮮水、空気、金属などの非生物資源がある。ここでは、人々の幸福への寄与が大きい生態系サービス (図2.1参照; Millennium Ecosystem Assessment, 2005) を対象にする。

生態系サービスは、供給サービス、調整サービス、文化的サービス、およびこれ等のサービスを支える基盤サービスから成る。供給サービスは生物資源およびその加工品であり、その市場が存在するため一般に外部性が入り込む余地は少ない。調整サービスは、CO2吸収や洪水抑制のようなサービスで、従来はその外部性が顕著であったが、少しずつ内部化が浸透して来つつある。その代表例が、京都プロトコルで導入された京都メカニズムの一つである排出権取引である (UUNFCCC, 2008.)。文化的サービスの内、特にレクレーション的なサービスはエコツーリズムとして内部化されている。

2.3.2 開発途上国の自己資金増強への活用

経済の外部便益を内部化するには、① 対象となる資源・サービスの経済価値を評価し、② それに基づきその取引のための市場を形成する必要がある。開発途上国は、一般に自然資源が豊富なので、生態系サービスの対価を得て国の資金を増強するアプローチが有望である。しかし、資金増強の観点からは、上記内部化の要件に加え、③ 対象資源・サービスが地球規模で人々に便益を提供できることが望ましい。この最後の要件を満たすサービスとして森林のCO2吸収サービスがある。森林によって吸収されるCO2の外部便益を内部化することによって、森林所有国はCO2吸収量の評価額を毎年収入として得ることができる。これを制度化するための制度については、連載の第4回目で概要を示す。

CO2吸収を除き、国レベルの生態系サービスの経済価値の評価は研究段階にある。この研究が進展すれば、豊富な生態系を有する発展途上国は大きな収入を定常的に得ることができ、先進国からの寄付・債務から逃れて自立した発展が可能になると期待できる。



2.4  先進国の個人収入改善策への外部性の活用

景気低迷や産業空洞化により先進国においても高い雇用率を維持できず、結果として格差が増大している。この原因はGDPにのみ頼った経済発展指標にあるとの認識から、GDPを超える人々の幸福度を測るための指標が各国から提案されている (Stiglitz et al. 2008、OECD 2011、内閣府 2011など)。SDGsゴール15の能力開発でも、「GDPを超える拡張された発展の尺度を漸進的に国家会計に導入」するよう要求されている。このような考え方に沿って、先進国人口の老齢化対策などの人々の幸福・福祉を中心に据えた新しい産業を創成することが、雇用率向上にもつながると期待できる。

上記のような新産業創生のための政策を支援する資金を生み出すため、先進国で多くの人々が行っている自転車通勤や社会貢献ボランティア活動のような日常的な行動・活動が有する外部性を活用できる (武末 2014)。この概要については、連載の第4回目で示す。

2.5  まとめ

非常に包括的なSDGsの要求を実現するには、実施法を具体的かつ制度的に検討する必要がある。特に発展途上国の経済的自立を確保するためには、生態系サービスなど発展途上国が豊富に所有する自然資源の外部性を内部化する方策を緊急に具体化することが望まれる。この具体化には、WAVES (United Nations ESA/STAT/AC.238 2011) などで現在検討中の生態系サービスの経済価値を国の会計システムに組み入れるための枠組を早急に確立することが重要になる。なお、本連載の次回 (第3回) では生態系サービスの経済評価について述べる予定である。


参照文献
  • 武末勝, 2014. 人権に基づく幸福推進機構の研究. 早稲田大学 人間科学研究科 修士論文.
  • 内閣府 幸福度指標試案: 内閣府幸福に関する研究会, 2011.  幸福度に関する究報告
  •  – 幸福度指標案 –.
  • Krugman P. and Well R., 2006. Microeconomics. Worth Publishers.  (大山、石橋、塩澤、白井、大東、玉田、蓬田 訳、2011年. ミクロ経済学. 東洋経済新報社.)
  • Millennium Ecosystem Assessment, 2005. Ecosystem and Human Well-being: Synthesis. Island Press.
  • OECD, 2011. How’s Life?: Measuring well-being.
  • Stiglitz, J. E., Sen, A. and Fitoussi, J.P., 2008. Report by the Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress; スティグリッツ委員会報告
  • UNFCCC, 2008. Kyoto Protocol Reference Manual on Accounting of Emissions and Assigned Amount.
  • United Nations ESA/STAT/AC.238 2011. Wealth Accounting and the Valuation of Ecosystem Services: A Global Partnership.

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