連載:SDGs実施課題への外部経済性に基づくアプローチ ‒ 第3回 外部経済性の評価 ‒

連載 by CIジャパン客員研究員 武末勝

はじめに
連載の第2回で述べたように、経済の外部性、例えば、生態系サービスの外部便益を内部化するには、その外部性の経済的価値を評価することが前提として必要になる。外部性評価は、環境評価で多く用いられるため、環境経済評価と呼ばれることもある。以下では、提案されている外部性評価の方法と実施例を示し、次に生態系サービスの外部便益・損失を国家歳入計算に組み入れるための枠組の標準化動向について述べる。

3.1  外部性の経済評価法
一般に、財またはサービスの価格はそれを売買する市場でのそれに対する需要と供給のバランスで定まる。価格評価対象が財・サービスの持つ外部性の場合は、その市場が現実には無いため、その経済的価値 (価格) の推定にはその財・サービスの価値に対する人々からの意見聴収などを行い、その価格傾向を適切な関数で近似して一般化する。

表3.1に外部性評価の代表的な手法を示す (鷲田, 2002; 大野, 2010)。独立選好型の評価法は、個人の評価とは独立に評価する方法である。対象とする環境に対する個人の選好が無視されるため、この型の手法は社会的に受け入れられない傾向にある。他方、選好依存型の方法は、対象とする環境に対する個人の選好に間接または直接に基づいて評価する。

選好依存型手法の内、顕示選好法は個人がその環境に対して支出した実際の金額を捉えようとする間接法であるのにたいし、表明選好法は個人のその環境に対する評価金額を直接に聴取する直接法であり相対的に精度の高い推定が可能とされている。

外部性評価法の適用事例を表3.2に示す; OE、PCなどが記された欄は、異なる質問形式を示す欄である (地球環境戦略研究機関, 2012)。表から判るように、外部性評価は陸域・海域のほとんどの生態系の評価に使用されている。これらの適用事例では狭い範囲を対象として実施されているが、広い範囲での実施法を確立することが今後の課題であろう。

京都メカニズムの排出権取引 (UNFCCC, 2008) では、森林の外部便益の一つであるCO2吸収サービスを内部化している。この場合、取引可能な炭素クレジットの発行とその取引市場の形成によってCO2吸収サービスの内部化を行い、上記のような経済評価法は使用していない。炭素市場における需給関係でCO2吸収サービスの経済価値が決まる。生物多様性と森林のCO2吸収との関係に対する、例えば、生物多様性の損失が植物の一次生産に与える影響 (Hooper et al., 2012) のような科学的知見が充分に得られれば、生物多様性が提供するサービスの経済的価値をCO2吸収サービスと同様な考え方で市場の需給関係で決めることも可能になるであろう。


3.2  生態系サービスの経済価値を国家歳入計算に統合する枠組の標準化動向

連載の第2回で述べたように、生態系サービスは供給サービス、調整サービス、文化的サービス、および基盤サービスから成る。供給サービスと文化的サービスは人々の福祉に直接的に影響を与え、調整サービスと基盤サービスは間接的にのみ人々の福祉に貢献する。即ち、前者は直接使用の価値を持ち、後者は間接使用の価値を持つ。直接使用価値を持つサービスの経済評価は、そのサービスの市場価格に従い相対的に簡単に決められる。問題は間接使用価値を持つサービスの経済評価であるが、最新のSEEA (the System of Environmental and Economic Accounting) には、物理的計測および経済評価を考慮した生態系会計に関する章が含まれている (European Commission et al., 2013)。

WAVE (The Partnership for Wealth Accounting and the Valuation of Ecosystem Services) は2010年に開始され、2015年に最終結果を出すと共に、MDGs Summitに環境的に持続可能なゴールに向けての勧告を出す計画で進んでいる (United Nations ESA/STAT/AC.238 2011)。WAVEの全般的なゴールは全世界の持続可能な発展を推進することで、その手段は、自然資本の経済価値を明らかにして環境会計を従来型の開発計画分析へ統合し、「包括的な富」を考慮した国家会計制度を実施することである。

ここでの「包括的な富 (comprehensive wealth) 」という用語は、スティグリッツ委員会報告 (Stiglitz, J. E. et al.  2008) の「拡張された富 (extended wealth) 」に由来すると推測される。この委員会は経済的実績と社会進歩に関する指標を改良するための委員会で、その報告は本連載の第2回で述べた一連の幸福度指標研究の先駆けとなった報告である。その報告では社会進歩のより良い計測手段として、1) 持続可能性、2) 国家歳入計算のためのGDPに代表される従来指標の改良、および3) 生活の質の3本柱を挙げている。また、国家歳入の計算において自然資本に強く焦点を当てることを要求している。国家歳入計算に組み入れるべき上記3本柱を含む包括的な富を「拡張された富 」という用語で表現している。

3.3 まとめ

SDGsは経済・社会・環境の持続可能性、従って人々の福祉・幸福の持続可能性を追求するためのゴールである。このゴールに向けての政策・計画を効果的に実施するには、生態系サービスの外部便益を内部化し政策・計画の費用として計上する会計システムが要求される。また、特に発展途上国での政策・計画の実質の実施者である地域社会の人々の福祉・幸福を優先して向上させることが求められる。連載の最終回 (第4回) では、人々の福祉・幸福の向上のために自由に使用できる自己資金の創出に資する制度について述べる予定である。


参照文献
  • 大野栄治 編著 2010. 環境経済評価の実務. 勁草書房.
  • 地球環境戦略研究機関(IGES) 平成24年. 平成23年度環境経済の政策研究 「経済的価値の内部化による生態系サービスの持続的利用を目指した政策オプションの研究」.
  • 鷲田豊明 2002. 環境評価入門. 勁草書房.
  • European Commission, OECD, United Nations, and Word Bank 2013. System of Environmental- Economic Accounting 2012: Experimental Ecosystem Accounting. http://unstats.un.org/unsd/envaccounting/eea_white_cover.pdf
  • Hooper, D., Adair C., Cardinale B., et al., 2012. A global synthesis reveals biodiversity loss as a major driver of ecosystem change. Nature, Vol. 486, pp. 105-109.
  • Stiglitz, J. E., Sen, A. and Fitoussi, J.P., 2008. Report by the Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress. (スティグリッツ委員会報告)
  • UNFCCC, 2008. Kyoto Protocol Reference Manual on Accounting of Emissions and Assigned Amount.
  • United Nations ESA/STAT/AC.238 2011. Wealth Accounting and the Valuation of Ecosystem Services: A Global Partnership.


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