ロマスさんを迎えて、自然保護債務スワップのミニ勉強会

こんにちは。広報担当のKです。先日、内部でミニ勉強会が開催されました。今日はそのレポートをしたいと思います。

6月初旬のある日、アメリカ・ワシントンDCのCI本部より、ロマス・ガルバリアウスカスさんが、東京のCIジャパンオフィスにやってきました。
CIJオフィスでスタッフに環境ファイナンスの解説をする
ロマス・ガルバリアウスカスさん。
Conservation International/ photo by Yasushi Hibi)

ロマスさんは、CI本部のエコシステム・ファイナンス部門 (EFD) 法務チームに所属するシニア・リーガル・アドバイザーです。以前はアメリカ大手弁護士事務所でシニア・アソシエートを務め、国際環境プロジェクトの信託基金やリースなどの専門家として活躍、また国際金融公社 (IFC) やアフリカ開発銀行への出向も経験しています。

今回は、CIとインドネシア政府が進める「自然保護債務スワップ ("debt-for-nature" swaps)」に関する交渉のためにジャカルタを訪問後、来日しました。移動の合間を縫ってCIジャパンオフィスに来てくれたところを捉えて、環境債務スワップについてのミニ勉強会をお願いしました。

世界中で様々な環境保全事業を展開するCIにとって、科学者の存在はとても重要ですが、他にも政策、広報、法律などの分野に通じた人材も必要です。とりわけ法務担当者は専門性も高く、CIジャパンのスタッフは日頃接する機会も少ないので、いったいどのような仕事をしているのか、大変興味深いところでもあります。

まずは、そもそも「環境債務スワップ」っていったいなに!?という方のために・・・。

自然保護債務スワップとは?

自然保護債務スワップとは、途上国の累積国家債務に対し、途上国政府は返済する借金を自国の環境保全に回す (投資する) ことに同意し、その"代わり" (スワップ/swap) として、決められた分の累積債務の一部あるいは全額が減額される仕組みです。

経済基盤が脆弱な債務国政府(途上国政府)に支払い能力がない場合などで、この手法を使えば、元々貸し付けた先進国政府や商業銀行はリスクを低減することが出来る一方で、途上国は債務返済負担が軽減され、さらに自然環境の保全のために一定規模の新たな資金を長期間に渡って投入することが出来る、大変革新的な環境ファイナンスのアプローチです。社会的インパクトも大きく、債務国である途上国政府とその国の環境保全の両方にメリットがあります。

この仕組みは、元々、CIが仲介してアメリカの商業銀行とボリビア政府との間で1987年に締結されたものが始まりです。途上国政府にとっては、借金が減って負担が軽くなるという点だけでなく、外貨準備高に限りがある中で、ドル建て借金を自国通貨建て借金にしてもらう、という点にも大きなメリットがあります。

これらの経済的なインセンティブに加え、自国の環境保全にも貢献できるので、それまで借金返済のために行われていた熱帯雨林の伐採などの自然資本や環境への負荷を下げることにも繋がります。

債務スワップには、大きく分けて2種類あります:
  1. 商業銀行債務スワップ:前述のCIがボリビアで実施した方法で、債権を一旦、第三者であるNGOや民間銀行などが財源を調達して安価で買い取って途上国の債務を“帳消し”し、その分を自国の環境保全予算に使ってもらうというもの。買い取った債権は、流通市場に販売するなどして、資金を回収します。元々貸し付けた商業銀行は、債権が焦げ付くリスクを回避出来るので、うまくやればみんなハッピーな手法です。

  2. 二国間債務スワップ当事者政府間での債務スワップ契約です。アメリカの場合は、1998年に制定されたアメリカ国際開発庁 (USAID) の熱帯雨林保全法 (Tropical Forest Conservation Act/TFCA) に基づき、アメリカ政府からの政府開発援助融資を受けた途上国に対し、債務支払いを一部免除・放棄し、債務国の自国通貨建てで熱帯雨林保全活動のための基金の創出が可能なオプションを提示します。この法律では、途上国政府が健全な財政を維持していることを条件としており、債務国の財務状況が不健全なことがある程度条件となる商業銀行によるスワップと違って、健全な財政状況の国、すなわち国際経済・金融の安定に貢献している国に対してもスワップを実施出来る仕組みです。 (例:現在、アメリカ政府が債務スワップを実施しているインドネシアやフィリピンは「債務不履行 (デフォルト)」状態にないので、TFCAによる債務スワップの実施が可能というわけです。)
ロマスさんによると、経済力を付けてきたインドネシアを始めとした途上国のメリットが相対的に少なくなってきている (つまり、借金を返済した方が特、と判断するケースも出てきている) こともあり、この熱帯雨林保全法 (TFCA) は今後継続されない可能性もあるらしいですが、このような革新的な環境ファイナンスに取り組んでいる国は他にほとんどないので、これは是非とも継続すべき仕組みである、とロマスさんは言っています。

ちなみに、90年代にこの手法を債権国である日本が実施しようと某途上国と交渉したこともありますが、やはり日本の低利の円借款を"帳消し"にするメリットがないと途上国側が判断して、実現しなかった例があったとか。。。

インドネシアのケース


スマトラサイ (© Conservation International/
photo by Russell A. Mittermeier)
CIは2009年に、インドネシアで環境債務スワップを実施しています。アメリカとインドネシア両政府の間で成立した取引の結果、インドネシア政府は以降8年間にわたり、インドネシア国内の環境保全のために設立された独立した基金に約3000万ドル (約30億円。含・利息) を支払うことになり、森林生態系保全とスマトラ島の自然修復事業への補助金として支給されています。

オランウータン (Orang utan) とは、インドネシアや
マレーシアで使われているバハサ語で「森の人」という
意味。
Conservation International/Will Turner)
これにより、スマトラサイ (Dicerorhinos sumatrensis) やスマトラタイガー (Panthera tigris sumatrae)、オランウータン (Pongo abelii) などの絶滅危惧種の生息地を保護しながら、現地の人々の生計を支えることが出来るようになりました。

この環境債務スワップは、アメリカ政府からの2000万ドルの支援、CIとインドネシアの現地NGOケハティ (Kehati) による各100万ドルの出資により実現し、CIは債務スワップの運用システムの構築と関係者間の交渉などを支援しました。


現在は、この自然保護債務スワップの次期交渉が進められており、実現すると次のような仕組みになります。
  • アメリカ政府はインドネシア政府に対し2200万ドルの二国間援助を出資
  • →USAIDがこれをキャンセル・環境債務スワップ契約を締結
  • →インドネシア政府は今後6年間で 保全基金に対し3000万ドル (含・利息) をシンガポールに設立される信託基金に出資する (*CIでは、カンボジアの熱帯雨林保全を目的とした信託基金をシンガポールに設立した実績があります。シンガポールは、信託基金に対する課税面で有利であり、より多くの資金を保全活動に投入することができます。)
  • CIとケハティはそれぞれ200万ドルの資金を集めて出資する

まとめ

という訳で、ちょっとややこしい環境ファイナンスのお話でしたが、ロマスさんの解説のお陰で、経済的なインセンティブと環境保全が結びつくと無限の可能性が広がっていくことが良く分かりました。また、実際に立場の異なるステークホルダー間の交渉に携わるロマスさんの、環境保全に対する熱意や信念が伝わってきて、なんだかこちらまで嬉しくなってきてしまったのでした。

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