将来のパンデミックを未然に抑えるために必要なコストは、 感染症対策費のわずか1%


By カイリー・プライス、CIスタッフライター

今後、世界で感染症の対策にかかる年間の費用は、2兆米ドルという驚くべき額になると言われています。そのうちの1%にあたるわずかな費用を使って自然を守るだけで世界はパンデミックを根本から防ぐことができる、という新たな研究がサイエンス・アドバンス誌 (Science Advances) に発表されました。

コンサベーション・インターナショナルの科学者、リー・ハナ (Lee Hannah)、ジョナ・ブッシュ (Jonah Busch)、ホルゲ・アウマダ (Jorge Ahumada)、パトリック・ロエルダンツ (Patrick Roehrdanz)を含む、疫学者、経済学者、保全生物学者らのチームが取りまとめた最新の研究によると、森林破壊の削減、野生生物の世界的な取引の制限、地域社会の健康促進に対して、200億米ドルの投資を行った場合、パンデミックが再び起こるリスクを大幅に軽減することができるということが明らかになりました。

病気のリスクを減らすために、国や地域は何をすべきなのか?また、そうした保全対策は、気候変動や生物多様性の危機の取り組みにどのように関係するのか?報告を取りまとめたリー・ハナ 博士に話を聞きました。


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Q:どのようにすれば、次のパンデミックを防ぐことができるのでしょうか?

A:私たちは、壊れてしまった自然との関係を見直さなくてはなりません。自然生態系の破壊や、野生動物取引など、人が原生林の奥深くまで立ち入る行為は、野生動物が保有している可能性のある病気に自らをさらすことになります。それは、パンデミックの発生リスクを高めることになります。

しかし幸いなことに、将来のパンデミックを防ぐためのシンプルな方法がいくつかあります。2020年に発表した私たちの研究では、森林破壊を止めて、野生生物の世界的な取引を制限し、新たに出現したウイルスが蔓延する前にその発生を食い止めることで、将来のパンデミックの脅威を大幅に軽減できることを明らかにしました。そして、今回その予防対策にどのくらい費用がかかるのか分かりました。約200億米ドルです。この額は、パンデミックによる莫大な経済損失の補填に比べれば、そこまで大きな額ではありません。そして、人獣共通感染症のリスクを減らす計画を成功させるためためには、世界的に協力した集団行動が必要になります。

Q:これまで各国はどのようなことをしてきたのでしょうか?

A:いくつかの国はすでに、パンデミックのリスクを軽減するための自然保護対策を進めています。例えば、世界最大の違法な野生動物製品の取引市場があった中国では、2020年の3月に野生動物の消費を永久的に禁止することを発表し、世界的に野生動物の部位に対する需要を減らさせることに成功しました。

アメリカは、森林破壊をなくすための多国間誓約に署名しました。これはパンデミック対策に大きな影響を与える可能性があります。そして現在バイデン政権では、パンデミック予防のための世界基金を設立する法案を検討しています。

今後、各国が注目すべきことは、世界の森林破壊の40%を占める「大豆」「牛肉」「ヤシ油」生産のための森林破壊を減らすことです。先進国は、そのような商品のサプライチェーンにおける森林破壊を削減するための政策を実施すれば、良い影響を生むことができるはずです。

Q:地域レベルでできることはありますか?

A:地域コミュニティは大きな役割を持っています。私たちの研究は、森林で野生動物と定期的に交流しているリスクの高いコミュニティを体系的に変えることが、世界各地で発生する病気のリスク減少に必要だと示しています。世界で発生する疫病発生リスクの半分以上が、世界の熱帯雨林のうちのわずか10%に集中しています。これらの地域は通常、居住地が密集していて、森林破壊のレベルも高い地域です。新たな研究によると、すでに森林破壊が進んでいる地域で、森林破壊を減らしたとしても、パンデミック発生のリスクはあまり減らせないことがわかっています。むしろ、人獣共通感染症が発生しやすい地域で、人と野生動物との接触を最小限に抑えることに力を注ぐことの方が効果的なのです。

つまり、野生動物の消費を制限し、食肉の処理を衛生的な方法に変え、違法な森林侵入をなくし、違法取引である野生動物の捕獲を止めるということです。

多くの場合、これらの方法は地元のライフスタイルを壊すものではなく、むしろ有益なことが多いのです。例えば、上空を飛ぶコウモリの排泄物で汚染されたヤシワインから、人体に侵入するウイルスがあります。コウモリの排泄物で汚染されたワインを飲みたい人がいるでしょうか? ヤシの葉でワイン樽を覆うだけで、病気の感染を防ぐことができます。こうした予防は地元の人々にとっても、パンデミックのリスクを減らす意味でもwin-winです。

また、ウイルスの発生は、農場でも起こる可能性があります。家畜が地域の野生動物に接触することで、新たな病気に感染し、それが人間に伝染する可能性があるのです。そのため、農家が牛や豚、鶏の管理方法を改善することも、次の大きなパンデミックを防ぐための大きな優先事項となります。

Q:パンデミックの予防と同じ戦略で、生物多様性の損失や気候変動も遅らせることができそうですね。

A: まさにその通りです。自然の破壊を止めることによって、各国は複数の危機に対して一度に取り組むことができるという、貴重なチャンスを得ることができるのです。2022年末に、中国の昆明で開催される国連の生物多様性条約締約国会議には、196カ国が参加し、地球の生物多様性を守るための今後10年間の新たな目標を設定する予定です。各国が目標を設定する際に忘れてはいけないのは、自然と人間の幸福(ウェルビーイング)は切っても切れない関係にある、ということです。森林破壊を止め、生物多様性の損失を遅らせるための戦略に投資することは、COVID-19のようなパンデミックを防ぎ、気候危機を食い止め、自然に頼りながら暮らすコミュニティを支援することにも繋がるでしょう。

カバー写真:オーストラリア、モートン国立公園 © iStock.com/lovleah
記事翻訳:CIジャパンインターン 佐伯栞
編集:CIジャパン

本記事はコンサベーション・インターナショナル本部記事
Protecting nature to prevent pandemics costs just 1% of fighting them" を日本向けに和訳・編集したものです。  

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