KBA寄稿レポート:日光を訪れて③

⇒KBA寄稿レポート:日光を訪れて①
http://ci-japan.blogspot.com/2013/07/KBAnikko1.html

⇒KBA寄稿レポート:日光を訪れて②
http://ci-japan.blogspot.com/2013/07/KBAnikko2.html


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今回の記事は、「普通の大学生がKBA(生物多様性重要地域:Key Biodiversity Area)を訪問して自然との関わりを考える」というコンセプトで、寄稿していただきました。
文・写真=福田祥宏:東京外国語大学4年、編集=横山翔:慶應義塾大学4年。

当ブログは「専門家による情報発信」を特徴としていますが、多くの人々にCIの活動をより一層ご理解いただくため、実験的な試みとして掲載することになりました。いつもとはひと味違うCIブログをお楽しみ下さい。
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■自然の中での人との交流


都市での生活に「無言」はつきものだ。電車や街角、スーパーやエレベーターなど、私たちは知り合いでもなければ目を合わせることも無いし、挨拶を交わすこともほとんどない。

しかし、一歩自然に踏み込むと、当たり前にように挨拶が交わされる。すれ違いざまの「こんにちは」。これだけでもずいぶんと気持ちがいい。さっきのように「春ゼミだよ」なんて親切に教えてくれる人もいる。美しい景観だけではなく、自然がもたらす人々との交流も、私たちを魅了する。

歩いていると突然老夫婦に「こっち!こっち!」と声を掛けられた。
促されるままに双眼鏡を覗く。


「わかる?あの木の向こう側にカッコウがとまっているでしょう?」

たまたま構えた双眼鏡の向こうにカッコウを見つけたらしい。そうか、もっとみんな、言葉を発したいのだ。言葉を発して、感動や興奮を誰かを共有したい。それはすごく自然なことだと気が付いた。

誰の目を気にすることもなく、ご夫婦と一緒に喜んでいると、中国人女性が「何が見えるのですか?」と尋ねてきた。しどろもどろの英語で意思疎通を図る。説明を飲み込むと、彼女は持っていた高性能ズームを備えたカメラで、私たちの見ていたカッコウを捉えた。たちまち彼女の顔がパーっと明るくなる。

尋ねてみると、香港からやってきたらしい。
同じものを見た喜び。見えた喜び。この喜びに、言葉も国境も関係ない。



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■折れた大木

戦場ヶ原に至る道のわきには、天寿を全うした木が、折れた姿で何本も横たわっていた。冬のあいだ、積もった雪の重さに耐えきれず、年老いた木が順々に折れていくのだ。

中には、折れてもなお葉が茂り始めている木もあった。命が循環していく、ある種の儚さと潔さを感じる。長い年月をかけて育った木々の重厚さを目の当たりにして、思わず舌を巻いた。




■ 戦場ヶ原


男体山をはじめとした2000m級の山々を背後に従え、悠然と広がる湿原。戦場ヶ原という地名は、山の神々がこの地に降り立ち、争いを繰り広げたという伝説に由来する。戦場ヶ原周辺ではこの伝説をもとにした地名が多く見られる。



例えば、赤沼。かつてこの地で抗争を広げたのは栃木県・男体山の神と群馬県・赤城山の神だ。それぞれの神の化身であるヘビとムカデが噛みあい絡みあいの戦いを繰り広げる。赤城山のムカデにおされぎみだった男体山の蛇に弓の名人が加勢し、彼が放った矢がムカデの眉間に命中した。ムカデから流れ落ちた血が赤い沼になったという。もう沼はなくなってしまったが、赤い水流を見ることはできる。水に含まれているタンニンや鉄分が赤色の正体だ。

古人は赤い水に神話を重ねた。日光のどこを訪れても、山岳信仰と自然が日光文化の根底をなしていることを思い知らされる。そもそも男体山は二荒山(ふたらさん)と言い、仏が住むとされる補陀洛山(ふだらくさん)から命名された。仏・神の住処であったのだ。この二荒を音読みした「にこう」が、日光の名の由来になっている。山岳信仰や神々との深い繋りは名前にも表れているのだ。



神話の時代までは遡らないが、一昔前まで、戦場ヶ原は豊かな湿原であったらしい。今日では乾燥が進み、徐々に平原へとその姿を変えてきている。主な原因は2つ。人と鹿の増加である。

世界遺産に登録されて以来、観光スポットとして人気の日光。特に奥日光のハイキングコースは気軽に自然に触れられるので人気が高い。過度の立ち入りが環境に与える影響は小さくないようだ。せっかくの豊かな自然なのだから、1人でも多くの人に体感してもらいたい。観光客を誘致することで、地元経済の活性化にも繋がる。環境負荷のおかげで人々の豊かな生活が成り立っていると言えるのかもしれない。


また、日光では鹿がここ近年で増加し、現在は一万頭程度が生息している。戦場ヶ原一帯の草木を食い荒らしており、環境に悪影響を与えると報告されている。侵入防止柵の設置など、対策が急がれているが、十分な効果を挙げているとは言えない。人間が創意工夫を試みることで、環境問題の改善に貢献できないものだろうか。

実際に私が目にしたのは枯れかけた草木が、土にしがみつく様に生えている姿だった。確かに枯れゆく風景にも独特の趣があった。ただ、豊かな水分を蓄えて青々と茂るかつての戦場ヶ原の姿を、ぜひとも拝める日が来てほしい。



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■「味覚」で感じる日光

訪れた土地の名物料理を食べたくなるのは、旅の醍醐味だ。日光では、湯葉やイワナの塩焼き、そしてヒメマスの味を楽しむことが出来る。湯葉は精進料理のタンパク源として重宝されていた歴史がある。古くから寺社を構えるこの土地とはなじみ深い。


また、このイワナも有名だ。柔らかい白身とほどよい塩味に舌鼓を打つ。

中禅寺湖では、ちょうどこの時期、ヒメマス釣りがピークを迎えていた。しかし、現在は釣り上げたヒメマスの持ち帰りは禁止されている。2011年3月11日の大地震に伴う原発事故による、放射能の影響を危惧してのことだそうだ。


ヒメマス料理屋のお母さんは「これからどうなるか、分からないよね」と、寂しそうに漏らす。科学的な話には詳しくないが、漠然とした不安や虚しさといった感情もまた、現代の環境問題が私たちにもたらすものであるように感じる。

火山活動が形作った独特の地形、山々がもたらす水の恵み、山岳信仰に基づく文化。長い歴史を経て、日光の自然が与えてくれた料理を口に含む。味わい深さが舌に残る。戦場ヶ原の乾燥化、野生の猿による人間への攻撃、放射能による食物不安。短い時間の中で、人間の活動が与えてしまった問題が脳裏をよぎる。苦い思いが胸に残る。



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■さいごに

日光は五感が呼びさまされる場所だ。目に映るつつじの赤、緑を蓄えた木々。男体山から降りてくる風を肌に感じながら、カッコウや春ゼミの音色に包まれる。そして、その後にやってくる静寂に耳を澄ます。

土や森の香りをいっぱいに吸い込み、イワナや湯葉に舌鼓を打つ。先人たちの技や思想に想いを馳せ、自分自身ひいては人間社会を省みる。日光とはそんな場所だ。豊かな自然と文化を感じながら、時代を超えて、いつの日も日光を訪れた人は同じような感覚を抱いていたのではないかと想いを巡らせる。

一方で、長い時間をかけて生まれてきたものが、失われつつある現状も目にした。

今日私たちが享受しているこの「文化」や「自然」が永く、次世代にも継がれていくためにも、私たちができることもあるはずだ。今回の日光滞在で私の中に生まれた小さな意識の芽を、行動という形で育てていきたい。まずはこの思いを言葉にし、発信することから始めてみた。最後まで読んでいただいた方々にお礼を申し上げたい。




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日光周辺は生物多様性重要地域(KBA)の1つです。その他にも重要地域は日本中に存在しており、コンサベーション・インターナショナル・ジャパンでは、KBAを多くの人々に知っていただくための普及活動を行っています。

KBAでは、皆様からの自然写真を募集しています。KBAの近くに住んでいる方や旅行等で訪れたことがある方はぜひ写真をご提供ください。KBAについて詳しくは下記サイトをご覧下さい。

特設サイト「KBA ~私たちが残したい未来の自然~」

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