生命豊かな未来への羅針盤
みなさんこんにちは。CIジャパンでインターンをしている井原祥太です。
みなさんは「愛知目標」という言葉を聞いたことはありますか?
愛知県が掲げた何かの目標、と捉えられがちですが、その実は、生物多様性保全を通じて自然との共生社会を実現することを目指し2010年に採択された国際的な目標なのです。
1992年、多様な生物の生息環境と自然資源の保全を目的とした生物多様性条約が採択、翌年に発効されました。1995年には生物多様性を保全するための国家戦略が日本で初めて策定されました。その後、2010年に愛知県は名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議において採択されたのが愛知目標です。2011年から2020年までの達成に向けて20の個別目標が定められました。2020年というと去年ですね。結果はどうだったかというと、残念ながら、完全に達成した目標は20個中ゼロ。事実上の「失敗」に終わってしまいました。
みなさんの中には、そもそも生物多様性とは何か、生物多様性を守ることは大事なのか、「生物多様性」と「自然資本」は別物ではないか、と首を傾げている方がいらっしゃるかもしれません。
生物多様性とは、端的に言えば、様々な種類の生物が地球上に存在している状態を指します。そして、多様性を守ることは多くの生物の生存確率を上げることに繋がるのです。
生物の種類が多ければ多いほど、生態系は環境の変化と人間活動による影響に対するレジリエンス力が高まります。たとえば、多様な生物が生息している熱帯雨林は、生物の種類が少ないほかの地域に比べ火災や洪水に耐えることができるのです。
みなさんの中には、そもそも生物多様性とは何か、生物多様性を守ることは大事なのか、「生物多様性」と「自然資本」は別物ではないか、と首を傾げている方がいらっしゃるかもしれません。
生物多様性とは、端的に言えば、様々な種類の生物が地球上に存在している状態を指します。そして、多様性を守ることは多くの生物の生存確率を上げることに繋がるのです。
生物の種類が多ければ多いほど、生態系は環境の変化と人間活動による影響に対するレジリエンス力が高まります。たとえば、多様な生物が生息している熱帯雨林は、生物の種類が少ないほかの地域に比べ火災や洪水に耐えることができるのです。
様々な特徴を持つ様々な生物が多く生存していれば、地球という大きな生態系は気候危機がもたらす異常気象に耐え、安定することを示唆しています。そして、非生物をも含めた自然資本を守ることは生物多様性の保全に繋がり、多少の違いはあれど、微生物から植物、動物、そして人に便益をもたらしてくれるのです。つまり、自然資本の保全は生物多様性保全の要と言っても差し支えないのです。
2021年を迎え、今後はどのような新目標に向かって生物多様性保全に尽力しなければならないのか。私たちはいま、旗振りを失った船に乗り、絶滅の海を漂流しているのです。危機的状況にある生物たちを守るため、行き先を示す羅針盤が求められています。
そんな期待を背に、「生物多様性国家戦略を考えるフォーラム*」の分科会の1つとして「経済・社会活動を支える自然資本~ビジネスがまもる地球の未来~」がコンサベーション・インターナショナル・ジャパン主催で開催されました。学術や金融、ビジネスといった異なる世界で自然資本に最前線で携わっている方々が、次期国家目標に何を求めるのか、歯に衣着せぬ意見交換が繰り広げられました。そこで僕が何を学び、感じたのか、簡単にお伝えしようと思います。
この分科会では、自然資本の保全が蔑ろにされている現状を裏付けるデータが示されました。ケンブリッジ大学のチームが出した最新の報告書によると、自然資本が提供する生態系サービスの経済的価値は年間125-140兆ドルに上り、これは世界のGDPの約1.5倍に相当します。しかし、その保全に拠出されている資金は年間780-910億ドルに留まります。これは、自然資本の便益量に対して私たちの保全活動が不十分であることを示しています。もしこの傾向が続けば、年間4万種の絶滅スピードは鈍化せず、将来世代が享受する利益は少なくなるでしょう。
自然資本の保全活動が進んでいない要因の1つとして挙げられたのが、国の豊かさを示すGDPにとって自然資本は経済的価値を持たないということです。そのため、国内で経済的価値を持つ商品をより多く生産し、GDPを上げ、強い国力を示すには、経済的価値のない自然をおろそかにしたところで痛くも痒くもない、という構図が出来上がってしまっているのです。
この状況を打開するには、無料の公共財の自然資本に価値を与え、内部化し、管理しなければならず、その動きは既に湧き起こっています。OECD (経済協力開発機構)はグリーン成長 (自然環境を保全しつつ経済発展を遂げる)を掲げ、自然資本保全に関する提言をしており、また、国連は「環境・経済統合勘定 (SEEA)」をGDPに代わる新たな経済指標として広めることを提案しています。自然資本を含む全ての富を計測するのが肝要なのです。
ですが、それは一筋縄には行かないと思います。そもそも、いかにして自然資本の価値を評価するかという根本の問題があります。自然資本の価値を測る手法はいくつかあり、どれを採用するかで価値の軽重は異なります。また、たとえ自然資本が経済的価値を持つものとして捉えられ、国富を測る新しい尺度の1つとしてある国が採用したとしても、全ての国で行われないとあまり効果はないと思います。例えば、A国はその新しい尺度を用い、B国は従来のようにGDPを国富の指標として経済活動を行うとしたら、A国はB国へと工場を移し、現地で自然資本を無料の公共財として消費する経済活動が継続される可能性は十二分にあります。更に、たとえ自然資本の経済的価値づけが終わったとしても、それは空気、水、森林、土、など多種多様に及びます。それをいちいち考慮しなければならないのは、自然保全にとっては良いかもしれませんが、経済活動の煩雑さや経済の停滞を生んでしまう恐れがあると思います。
生産者が利潤追求のために生産する商品。消費者が自らの物欲を満たすために支払うお金。この2つがあれば、私たちの心を豊かになる。この考えが長く人間社会に根づいていました。確かに、先人たちの弛みなき努力による経済活動がなければ、私たちの暮らしはいまよりももっと見窄らしいものであったかもしれません。しかし、経済活動が地球の隅々にまで行き渡っているいま、私たちは、商品生産の原材料として、また、お金のかからない無料の公共財として価値を損なわれている自然資本に目を向けなければなりません。生き物である人々の生活が自然に支えられていることは明らかで、自然資本・生物多様性は前例にないほど多大な悪影響を受けており、それは人間の生産・消費活動によると言われています。大量生産・大量消費・大量廃棄文化から見切りをつけ、人間のみならず自然をも含めた全体の豊かさを実現するための新たな常識が必要なのだと強く感じています。
愛知目標に変わる新目標が、企業、市民、さらには政府による自然資本・生物多様性保全の重要性を認識する契機となり、新たな航路を照らす羅針盤になることを期待します。私も、半人前な一大学生のか細く小さな声ではあれど意志ある1つの声の持ち主として、SNS等を通じて、世界の大船の舵取りを担う若者に発信を続けていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました!
井原祥太
*「生物多様性国家戦略を考えるフォーラム」は、現在環境省が進めている生物多様性国家戦略の改定に民間セクターからインプットすることを目的として、国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)が主催し、2021年3月11日から4月6日にかけて開催されたものです。
冒頭写真:東ティモールにて(©︎Cristina Mittermeier/sealegacy)
©︎ Art Wolfe |
そんな期待を背に、「生物多様性国家戦略を考えるフォーラム*」の分科会の1つとして「経済・社会活動を支える自然資本~ビジネスがまもる地球の未来~」がコンサベーション・インターナショナル・ジャパン主催で開催されました。学術や金融、ビジネスといった異なる世界で自然資本に最前線で携わっている方々が、次期国家目標に何を求めるのか、歯に衣着せぬ意見交換が繰り広げられました。そこで僕が何を学び、感じたのか、簡単にお伝えしようと思います。
この分科会では、自然資本の保全が蔑ろにされている現状を裏付けるデータが示されました。ケンブリッジ大学のチームが出した最新の報告書によると、自然資本が提供する生態系サービスの経済的価値は年間125-140兆ドルに上り、これは世界のGDPの約1.5倍に相当します。しかし、その保全に拠出されている資金は年間780-910億ドルに留まります。これは、自然資本の便益量に対して私たちの保全活動が不十分であることを示しています。もしこの傾向が続けば、年間4万種の絶滅スピードは鈍化せず、将来世代が享受する利益は少なくなるでしょう。
自然資本の保全活動が進んでいない要因の1つとして挙げられたのが、国の豊かさを示すGDPにとって自然資本は経済的価値を持たないということです。そのため、国内で経済的価値を持つ商品をより多く生産し、GDPを上げ、強い国力を示すには、経済的価値のない自然をおろそかにしたところで痛くも痒くもない、という構図が出来上がってしまっているのです。
この状況を打開するには、無料の公共財の自然資本に価値を与え、内部化し、管理しなければならず、その動きは既に湧き起こっています。OECD (経済協力開発機構)はグリーン成長 (自然環境を保全しつつ経済発展を遂げる)を掲げ、自然資本保全に関する提言をしており、また、国連は「環境・経済統合勘定 (SEEA)」をGDPに代わる新たな経済指標として広めることを提案しています。自然資本を含む全ての富を計測するのが肝要なのです。
ですが、それは一筋縄には行かないと思います。そもそも、いかにして自然資本の価値を評価するかという根本の問題があります。自然資本の価値を測る手法はいくつかあり、どれを採用するかで価値の軽重は異なります。また、たとえ自然資本が経済的価値を持つものとして捉えられ、国富を測る新しい尺度の1つとしてある国が採用したとしても、全ての国で行われないとあまり効果はないと思います。例えば、A国はその新しい尺度を用い、B国は従来のようにGDPを国富の指標として経済活動を行うとしたら、A国はB国へと工場を移し、現地で自然資本を無料の公共財として消費する経済活動が継続される可能性は十二分にあります。更に、たとえ自然資本の経済的価値づけが終わったとしても、それは空気、水、森林、土、など多種多様に及びます。それをいちいち考慮しなければならないのは、自然保全にとっては良いかもしれませんが、経済活動の煩雑さや経済の停滞を生んでしまう恐れがあると思います。
様々な問題が山積していますが、だからといって自然資本を無闇に搾取してはなりません。特に食料の60%、エネルギーの90%を海外に依存している日本は、資源過少国として、国一倍、海外の自然資本に責任感を抱く必要があると思います。それは政府だけではなく、経済活動の主要なアクターである企業にも言えることです。自然資本評価を行う必要性を十分理解し、1社だけの取り組みに止まらず、業界全体で新しい潮流を生み出すことが求められているのです。
今回の分科会では、服の生産にかかる自然資本を無駄にしないため、日本のファッション業界が循環型のモノづくりの設計に取り組んでいることが紹介されました。例えば、棄てられた服から繊維を抽出し、それを新しい服の生産に使用する「服から服へのリサイクル」です。繊維を作るために余計な自然資本が搾取されないという点では素晴らしい取り組みです。ただ、アパレル企業は、過剰に服を生産せず、つまり自然資本の使用量を減らし、自然資本の価値を考慮した価格で販売し、消費者の購買意欲を過度に駆り立てない、といったファストファッション文化の変革を促す役割も求められていると思います。
生産者が利潤追求のために生産する商品。消費者が自らの物欲を満たすために支払うお金。この2つがあれば、私たちの心を豊かになる。この考えが長く人間社会に根づいていました。確かに、先人たちの弛みなき努力による経済活動がなければ、私たちの暮らしはいまよりももっと見窄らしいものであったかもしれません。しかし、経済活動が地球の隅々にまで行き渡っているいま、私たちは、商品生産の原材料として、また、お金のかからない無料の公共財として価値を損なわれている自然資本に目を向けなければなりません。生き物である人々の生活が自然に支えられていることは明らかで、自然資本・生物多様性は前例にないほど多大な悪影響を受けており、それは人間の生産・消費活動によると言われています。大量生産・大量消費・大量廃棄文化から見切りをつけ、人間のみならず自然をも含めた全体の豊かさを実現するための新たな常識が必要なのだと強く感じています。
愛知目標に変わる新目標が、企業、市民、さらには政府による自然資本・生物多様性保全の重要性を認識する契機となり、新たな航路を照らす羅針盤になることを期待します。私も、半人前な一大学生のか細く小さな声ではあれど意志ある1つの声の持ち主として、SNS等を通じて、世界の大船の舵取りを担う若者に発信を続けていきたいと思います。
©︎ Cristina Mittermeier |
最後までお読みいただきありがとうございました!
井原祥太
*「生物多様性国家戦略を考えるフォーラム」は、現在環境省が進めている生物多様性国家戦略の改定に民間セクターからインプットすることを目的として、国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)が主催し、2021年3月11日から4月6日にかけて開催されたものです。
冒頭写真:東ティモールにて(©︎Cristina Mittermeier/sealegacy)
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